人が器を選ぶのか、器が人を選ぶのか。

人が器を選ぶのか、器が人を選ぶのか。

秋深し、隣は何をしてるかな?

あ!さんま食べてる!

どうも小西です。

さて、今日はまじめに備前の器の素晴らしさを紹介してみます。

↑あなたはこれを見て何を思いますか。

「おれは、葉っぱ食べない」

いや、違いますよ。そうじゃなくて。

備前の器は自然界の色が非常によく馴染む、ということです。

そもそも備前焼自体が釉薬を使わず、稲藁や窯焚きの燃料となる赤松の灰が掛かるなどして出来上がるので、自然界に存在する色合いをしているからなんですね。

また、土そのものという風合が上に乗せた物を自然と引き立たせるのに一役買っています。

だから、何を乗せても食材が映えると言われます。

日本人の心、寿司はまさしく!スーパーのパックで買って来た物をそのまま乗せるだけで、高級寿司屋に早変わり!

と言ったら言い過ぎでしょうか?

一般的によくご家庭で使われる白い器も良いですが、それでは出せない味わいが備前の器にはありますよね。

和食だけじゃないですよ!デザインや色を選べば、洋食だってお洒落に!

若い頃は分からなかったけど、年を取ると備前焼の良さが分かって来て、落ち着くんですよねぇ〜。

なーんていうお客様の多いこと多いこと。

一方で、金銭的な余裕も勿論ですが、精神的な余裕がないと扱えない器だなとも思います。

素焼きなので洗剤が染み込み易いため洗いづらかったり、臭いが付きやすい。

また、鉄分が多い土なので電子レンジが使えません。

あれだけ高い温度で窯焚きされた割には、直火や熱湯に入れられない(徳利は熱燗ができない)、急な温度変化に弱いところがあります。

皆さんがお使いの白い器(磁器)に比べるとやはり強度は弱いです。食洗機もオススメ出来ません。

そのため、ある程度の厚みが必要になってくるので、どうしても分厚く重たくなりがちで、大きな皿は普段使いしづらい。

表面はザラザラしているので、コースターやテーブルクロスを使わないとガラステーブルには不向きです。

こう考えると、よくもまぁ淘汰されずに生き残って来たな、と。

寛容さがないと扱えない素材なのです。

それもこれも、日本だから、日本人が使うからなのでしょうね。

灰が被ってできた模様は、汚れではなく景色であり、趣である、と。

備前の器を使う上で、何を一番オススメしようかと考えました。

ぜひとも、ぜひとも!お茶を備前焼の急須で飲んでいただきたいと思いました。

しかも宝瓶という取っ手の無い急須で、小さい湯呑みで一口をじっくり味わって欲しい。

そういう落ち着きが似合う器なんです。

不思議なんですよね、なぜか、なぜだか、丸みのあるすごく美味しいお茶になるんです。

スイーツだってお手の物です。ミス◯ー ドーナツもお似合いですね。

だからって決して全部備前で揃えようとは思う必要は無いんです。

土物、塗り物、ガラス、磁器、木工、それぞれに特徴があり、用途によって向き不向きがあります。

理想としては、素材のクセを分かった上で、それぞれがうまく一つにまとまる食卓ができたらいいですよね。

これって、スゴく難しいことを言ってますね(笑)

インテリアでもファッションでも同じことですか。

料理が趣味なら、器にも拘ってほしいし、自然と興味を持つ様になるかと思います。

逆に器に拘るようになれば、食を大事にしようという気にもなるでしょう。

この器には、どんな食材の料理が合うか。

それは見た目を取り繕っているだけの様に見えて、実は生き方を見直すきっかけだということになっている、のかもしれません。

ま〜、なんじゃかんじゃゆうて、使ってみんとわかりゃせんのですがね。

ではでは。